物語Our Story
一粒の約束から、
すべては始まりました。
新潟の小さな村で米をつくっていた稔には、ひとつの夢がありました。「いつか東京で、腹をすかせた誰かに、腹いっぱいのぬくもりを届けたい」。これは、その夢が六十年をかけて実っていく物語です。
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1964
最後の収穫を背負って
東京オリンピックに沸く秋、稔と妻の千代は、村で最後に収穫した米袋を背負って上京しました。谷中の路地裏に開いたのは、カウンター八席だけの小さな店。屋号は、稔の名と、父が口ぐせにしていた言葉 ──「実るほど頭を垂れる稲穂かな」から。
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1989
もう一度、暖簾を
稔が静かに旅立った冬。店を閉じようとした千代のもとへ、常連たちが一人、また一人と訪ねてきました。「ここがなくなったら、帰る場所がなくなる」。その夜、千代はひとりで、もう一度暖簾をかけました。
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1998
雨の夜の一冊
雨宿りに飛び込んできた、ずぶ濡れの若い旅人。言葉はひとつも通じません。千代は黙ってタオルを渡し、湯気の立つ器をそっと差し出しました。翌朝、彼がカウンターに残していったのは、一冊のノートと、たどたどしい日本語の「ありがとう」。それが、最初の「想い出ノート」になりました。
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2011
灯りを消さなかった夜
街が止まった、三月のあの日。電車が止まり、家に帰れなくなった人々のために、千代は朝まで暖簾を下ろしませんでした。見知らぬ人同士が肩を寄せ合ったあの夜のことを、今も覚えている常連は少なくありません。
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今日
三代目の暖簾
いま店に立つのは、孫の美咲。棚には四十七冊の想い出ノートが並び、四十を超える言語で「ありがとう」が綴られています。そして店の奥の小さな椅子には、今年八十六歳になる千代が座り、暖簾をくぐる一人ひとりに「おかえりなさい」と微笑みます。
「お腹を満たすだけなら、どこでもできる。うちは、心まで満ちて帰ってもらえる店でいたいの。」